2010/03/31 (Wed) 02:15
拙者は今他のデザイン科のきの子と一緒にゲームを作ってる。
だが、このゲームを企画として頼んだ時に色々問題があって、作り始めて一週間経った今もそれが拙者の頭を悩ませている。
その問題とは
「ゲームのコンセプトがはっきりしない」
ということがメインである。
なぜ、そうなってしまったのかというと
一つ目として、この企画のコンセプトは
「拙者ときの子のやる気を出す」
というところにあり、それを実現するためにすぐにでも始める必要があり、企画が固まっていない段階で見切り発車してしまったからだ。
企画が固まりきっていないことは自身十分認識できていたが、周りにもそれを指摘されたので、かなりの精神的ダメージを受けてしまったw
そして、もう一つ。
デザインを他の人に依頼するのが初めてだったために「何かすごいことをやってもらおう」と思ってしまい、とんでもない世界観を提示してしまったのだ。
それはデザインの難しさに見合わない集客効果であり、かつ後にY先生のアドバイスで
「デザインだけでなくてゲームシステムで世界観を伝えることもできる」
と言われたように、拙者はデザインに頼り切った世界観を作ろうとしていたのだ。
以下、主に企画の通し方についての考察
だが、このゲームを企画として頼んだ時に色々問題があって、作り始めて一週間経った今もそれが拙者の頭を悩ませている。
その問題とは
「ゲームのコンセプトがはっきりしない」
ということがメインである。
なぜ、そうなってしまったのかというと
一つ目として、この企画のコンセプトは
「拙者ときの子のやる気を出す」
というところにあり、それを実現するためにすぐにでも始める必要があり、企画が固まっていない段階で見切り発車してしまったからだ。
企画が固まりきっていないことは自身十分認識できていたが、周りにもそれを指摘されたので、かなりの精神的ダメージを受けてしまったw
そして、もう一つ。
デザインを他の人に依頼するのが初めてだったために「何かすごいことをやってもらおう」と思ってしまい、とんでもない世界観を提示してしまったのだ。
それはデザインの難しさに見合わない集客効果であり、かつ後にY先生のアドバイスで
「デザインだけでなくてゲームシステムで世界観を伝えることもできる」
と言われたように、拙者はデザインに頼り切った世界観を作ろうとしていたのだ。
以下、主に企画の通し方についての考察
「コンセプトがはっきりしない」
と言われた時に「どういうコンセプトを付ければいいのだろう?」とかなり悩んでしまった。
たとえば、最近よくある簡単操作について。
最近M先生が言っていたのは
「簡単操作!は売りにならない。操作が簡単なのは当たり前だし、簡単でも面白くなければ意味がない」
ということだ。(ちょっと言ってることが違ったかも?)
「たしかに」と思ったが、そう考え始めると全て当たり前な気がしてしまう。
ゲームにタイミングがあるのは当たり前、頭を使わせるのも当たり前、リスクとリターンは当たり前・・・。
んー・・・当たり前とありきたりを混同しているのかもしれない。
とまぁ、システム面では答えを出しにくい気がしてしまった。
となれば、デザイン面。
拙者が今回提示したのは
「植物の同属から見た植物の世界―人間から見た人間の違いのように目に見える違いを出す―」
ということだ。
拙者がこの世界観を提示した理由は、ただ実現できたら面白いと思ったからだ。
他に周りくどい言い方、例えば
「植物の世界も人間と同じようになっているのを見た人は、生物にはそれぞれの世界が広がっていると感じてくれるハズだ」とか
「神秘的な世界で癒しの空間を提供したい」だとか・・・。
そんなくどいこと・・・と思ったが、今思えばそういうことなのか。要は理解してもらえるまで、周りくどくても説明すればよかったんだろう。そして、それができなかったのは、自分自身企画の固まって無さに後ろめたかったからに他ならない。
そしてまた、「そういう説明は必要ないハズだ」と言い訳をしたかったのは、最近企画をやっている先輩の企画の通し方が「自分が面白いと思うから」という理由だからだ。
それで通るその人と、通らない自分は何が違うのだろうか。と考えてしまった。
で、良く考えるとその人が作る企画のコンセプトはステレオタイプなもので「ヒーロー物だから面白いハズ」だとかそのようなレベルなのだ。
たしかに、何かを説明する時に既存の物で説明するのはわかりやすいかもしれない。だが、既存の物を中心に置いた企画を意気揚々とするのはどうなのだろう?
拙者は完全オリジナルの物を作れるとは思っていないし、ゲームをリスペクトするのもいいと思う。
だけど、企画の出発点として「ヒーロー物だから面白い」というのは「萌え系の美少女が出てくるゲームだから面白い」というのとさほど違いは無いのではないか。
ともすれば、拙者がすべきことは「なぜその先輩のようにできないのか」を考えることではなく、
ユーザーに何を提供したいのかというコンセプトから世界観を考えて、それをデザイン・システムの両方で上手くユーザーに伝えるゲームを作ることだろう。
と言われた時に「どういうコンセプトを付ければいいのだろう?」とかなり悩んでしまった。
たとえば、最近よくある簡単操作について。
最近M先生が言っていたのは
「簡単操作!は売りにならない。操作が簡単なのは当たり前だし、簡単でも面白くなければ意味がない」
ということだ。(ちょっと言ってることが違ったかも?)
「たしかに」と思ったが、そう考え始めると全て当たり前な気がしてしまう。
ゲームにタイミングがあるのは当たり前、頭を使わせるのも当たり前、リスクとリターンは当たり前・・・。
んー・・・当たり前とありきたりを混同しているのかもしれない。
とまぁ、システム面では答えを出しにくい気がしてしまった。
となれば、デザイン面。
拙者が今回提示したのは
「植物の同属から見た植物の世界―人間から見た人間の違いのように目に見える違いを出す―」
ということだ。
拙者がこの世界観を提示した理由は、ただ実現できたら面白いと思ったからだ。
他に周りくどい言い方、例えば
「植物の世界も人間と同じようになっているのを見た人は、生物にはそれぞれの世界が広がっていると感じてくれるハズだ」とか
「神秘的な世界で癒しの空間を提供したい」だとか・・・。
そんなくどいこと・・・と思ったが、今思えばそういうことなのか。要は理解してもらえるまで、周りくどくても説明すればよかったんだろう。そして、それができなかったのは、自分自身企画の固まって無さに後ろめたかったからに他ならない。
そしてまた、「そういう説明は必要ないハズだ」と言い訳をしたかったのは、最近企画をやっている先輩の企画の通し方が「自分が面白いと思うから」という理由だからだ。
それで通るその人と、通らない自分は何が違うのだろうか。と考えてしまった。
で、良く考えるとその人が作る企画のコンセプトはステレオタイプなもので「ヒーロー物だから面白いハズ」だとかそのようなレベルなのだ。
たしかに、何かを説明する時に既存の物で説明するのはわかりやすいかもしれない。だが、既存の物を中心に置いた企画を意気揚々とするのはどうなのだろう?
拙者は完全オリジナルの物を作れるとは思っていないし、ゲームをリスペクトするのもいいと思う。
だけど、企画の出発点として「ヒーロー物だから面白い」というのは「萌え系の美少女が出てくるゲームだから面白い」というのとさほど違いは無いのではないか。
ともすれば、拙者がすべきことは「なぜその先輩のようにできないのか」を考えることではなく、
ユーザーに何を提供したいのかというコンセプトから世界観を考えて、それをデザイン・システムの両方で上手くユーザーに伝えるゲームを作ることだろう。
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専門学校生
趣味:
自転車・科学
自己紹介:
エゴイストだからこそ御節介を焼いてしまう。そういう偽善者こそが「人間」だと思ってる。
・2年間の引き籠り経験アリ
・2年目で大学中退
・2年間の浪人生活
・某宗教団体に参加していた
「共存」に興味があるので、愛読書は自ずとそれ系の「風の谷のナウシカ」「カムイ伝」「寄生獣」、小野不由美の小説。
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